Image by InspiredImages from Pixabay
その際はいさぎよく、非を認め謝罪をします。
それが、それ以上傷口を広げない最適解であることは、間違いない。
お叱りが厳しい口調であっても、自分に非がある以上、仕方ないことと耐えられる。
だけど、嵐が通り過ぎた後、不意打ちで優しい言葉をかけられたら、ぷっくり片目から水が湧き出ます。
それは私のせいですか?
長く勤め人をしていると、時々、理不尽な場面に遭遇します。
それって、あたしのせいですか?って訊ねる代わりに、申し訳ございませんでした、と相手を刺激しないよう心がざわざわしながら頭を下げたことも何度か。
そういう時は、「私のせいじゃないやい!」と中の私がふつふつとしているため、怒りはあっても悲しい感情は湧いてきません。
でも、いきさつを見ていたひとから、「よく我慢したねえ」とか「だいじょうぶ?」なんて、うっかり声をかけられた時は、はからずも、片方の目からちょっとしょっぱい水が、ぽろりと落ちてきたりします。
ぴんと張り詰めた気持ちが、やわらかいブランケットでつつまれて、じんわり胸の奥から言いようのない感情が湧いてくる。私のことを気にかけてくれる人がいる。
不覚にも涙がぽろり
今日こんなエントリーをあげているのも、直近でちょっとありまして。
理不尽な状況に耐えていたところへ、お客様が私を訪ねてこられました。
手続きが終わって、帰り際に、それは本当に爽やかに、
「わたしもお客様に救われたこといっぱいあるからね。見ている人は、ちゃんと分かっているから、大丈夫、がんばってね」
と、わたしに飴ちゃんふたつ下さって、去っていかれました。
後ろ姿を見送りながら、不覚にも、ずずずずず、と鼻をすすり上げてしまいました。
あとで、マスクは替えました。
15年前、離婚争議中、闘病中の飼い猫が息を引き取った朝、勤務先に欠勤の連絡を入れたところ、当時新婚さんだった男性職員さんが電話で、「どうかされましたか?」と気にかけてくださり、ああ、まずいなあ、ちゃんと言えるかなあと思いながら、「すみません、猫が死んで」というのがやっとで。
そうしたら、その若手社員さんが、「大丈夫ですか?こちらは急ぎの業務はないので、落ち着いたら出勤してください」とさらに激優しい対応で。
電話を切った後、このときはもう目からも鼻からも水分出まくり。
押し並べてみると特に大きな不可はなし
60年近く煩悩と共に生きていると、自分が悪かった時もあるし、逆に納得できないことも、ほどほどあって。離婚という荒波を含めると、平均以上、そんな場面に出会ったかな(笑)。
しかし、その都度、対処方法や気持ちの持ちようを学んで、したたかに強くなったのは間違いない。
今回の件も、飴ちゃんを下さった(人生の)先輩のかっこよさだけが余韻として残っていて、理不尽だなあと思った件はあんまり記憶にない。
生き抜く知恵として、そんなふうにセルフディフェンスしているのか、それとも、生まれつきの仕様なのかは不明です(笑)。
「最高の人生を送っています!」とも叫べないけど、まあまあ、押し並べて平和な日々を過ごしていると思います。
最近の不幸といえば、14才の掃除機が壊れて、新調しなければならないことですかね。
これは、めっちゃ痛い。わたしってかわいそう😢
掃除機が壊れて悲しい話はこちらからどうぞ♪
0 コメント